| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 |
永い年月をかけ三億km 彼方の小惑星「いとかわ」のサンプルを回収した ( 、、であろう )
探査機「はやぶさ」が地球帰還の最後の航行をしている。
あと 2ヶ月後の 6月 7~10日( 予定 ) オーストラリアへカプセル放出着地に向け回収計画が
進んでいる。
「はやぶさ」 カプセル回収計画書 「20100331_sac_hayabusa.pdf」をダウンロード
成功すれば世界初、 勿論、世界一の技術です
「はやぶさ君」 「hayabusa_kun_S.pdf」をダウンロード
全国の花めぐり
葦毛湿原は、弓張山地に三方を囲まれた標高 70m 前後の緩やかな傾斜地に広がる湧水湿地です。
湿原の面積は約 3.2haで、湧水湿地としては国内最大級の広さを誇ります。
尾瀬など多くの湿原は、植物の遺骸が堆積した厚い泥炭層の上に形成されています。しかし、葦毛湿原にはこの泥炭層が無く不透水層のチャートの岩盤の上に薄く堆積した土壌に山からの伏流水が常に流れることによって湿潤状態が形成されているという特殊な湿原です。
豊橋市広報よりそのまま無断転載です。
市街地に近い平地の湿原としては保護が行き届き、自然が保たれている
種 子 島 施 設 見 学
種子島宇宙センター 総合指令棟
鹿児島県熊毛郡南種子島町
日本の先端科学 大型ロケット打上げ場というと 物々しい警護に囲まれた基地を連想する
しかし、この種子島宇宙センターを訪れると余りの開放に近親感を持つだろう
特殊な建物以外は どの建物もその玄関先まで一般の人が近づける 構内の道路はほとんど通行出来る
これからもこの開放を続けてほしいものだ
南の通用門を通り 真っ直ぐ進むと駐車場の右手小高い丘の上に 総合指令棟はあります
ロケット打上げ当日は総ての情報が集められ 判断、指令を出す戦場となります
ガラス窓越しに見る指令室 デジタル表示時計 総合指令室 コントロール卓と表示パネル
普段は静かな部屋
2007/08/16 撮影
現在は地下に総合司令室があり、この部屋の使用
状況は不明です。
これは JAXAの現地資料から スキャナした参考写真
JAXAの訓練状況の写真 ( JAXAの写真 )
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種 子 島 施 設 見 学
種子島宇宙センター 宇宙科学技術館と増田宇宙通信所
鹿児島県熊毛郡南種子島町
日本の先端科学 大型ロケット打上げ場というと 物々しい警護に囲まれた基地を連想する
しかし、この種子島宇宙センターを訪れると余りの開放に近親感を持つだろう
特殊な建物以外は どの建物もその玄関先まで一般の人が近づける 構内の道路はほとんど通行出来る
これからもこの開放を続けてほしいものだ
南の通用門を通り 真っ直ぐ進むと 駐車場の手前に宇宙科学技術館がある
館内は 宇宙開発について展示と紹介をしている
宇宙科学技術館の全景 館内 ロビーの様子 この奥が展示室
壁に今日まで打上げたロケットの発射を展示 ロビーの様子 展示室は暗室で撮影困難
勿論 見学は無料です ロケットエンジン LE-7A LE-5 も、展示しています
増田宇宙通信所
鹿児島県中種子島町益田
増田宇宙通信所は人工衛星からの電波を受信し筑波宇宙センターに送りまた、
状況により人工衛星にコマンド信号を送信する。
ロケット打上げ時は、ロケットからの電波を受信し、飛行状態の監視を行い、受信
したデーターを種子島宇宙センターに送っている
増田宇宙通信所の正門 パラボラアンテナ群が 人工衛星を追っている
増田宇宙センターの展示室は 見学が出来るが この日は打上げ前日で ( 2006/02 )
入構出来なかった
展示室の見学は 10:00 ~ 17:00 土、日、祝日は休館です
種 子 島 施 設 見 学
種子島宇宙センター
大崎第一事務所 H-2 7号機 実機展示
鹿児島県熊毛郡南種子島町
種子島宇宙センターは日本が誇る宇宙技術の総本山である H-2A 打ち上げ見学以外に
この種子島宇宙センターの 各施設を見学しよう
ここは日本の誇る H-2A打上げ基地である 打ち上げのためのあらゆる施設がここにある。
打上げ日以外は 各施設の建物近くまで行ける、また施設見学ツアーコースも実施されている
種子島宇宙センターでは 一日 3回の施設案内ツアーが行われている
事前の予約が必要だが このツアーには まず真近で見ることが出来ない H-2 7 号機の
実機が施設職員の説明付きで見ることが出来ます。
小さい女の子が 何を見て率直に驚いているか解りますか ? 。
大崎第一事務所には H-2 7号機が保管されている
H-2 ロケットは日本が約 10年の年月をかけて開発した純国産ロケットです。
昭和 57年から開発が始まり、平成 6年 2月から平成 11年まで合計 7機打ち上げられました。
パンフレット説明文より
このH-2 7号機は 先に打ち上げた 8号機の打ち上げ失敗により 打上げられる事無く保管されH-2Aの開発に移行したため
今も種子島の第一事務所に展示されています。
この写真が気に入ったのは 一番手前の可愛い女の子が両手を一杯広げ 「わ! ....でかい 」と率直に驚いている
そして小さな子供達が真剣に説明に聞き入っている姿に感動した。
この子達が大きくなった時、日本の宇宙開発に関心を持ってくれるだろう。
( 注 : H-2 は 7号機より先に 8 号機を打ち上げた )
写真
小さい女の子が何を見て率直に驚いているか解りますか。
そうです この ファリングと大円筒をみて驚いています。
H-2 7号機 実機展示品 H-2ロケットは 全長 50m 重量 260トンである
上の写真 → 奥に見えるのが 1段目 手前が 2段目です
左の写真 → ファリング部 川崎重工㈱製 太平洋に沈む運命だった
右の写真 → 2段目を下部から覗いたところ 実際は LE-5がある
種 子 島 施 設見学
世界一美しい射場といわれている種子島宇宙センター 第一射点
種子島宇宙センター 鹿児島県熊毛郡南種子島町
種子島宇宙センターは日本が誇る宇宙技術の総本山である H-2A 打ち上げ見学以外に
この種子島宇宙センターの 各施設を見学しよう
ここは日本の誇る H-2Aの打ち上げ基地である 打ち上げのためのあらゆる施設がここにある。
打ち上げ日以外は 各施設の建物近くまで行ける、また 施設見学ツアーコースも実施されている
日本を代表する種子島宇宙センター
南種子島の竹崎地区に位置する
種子島カタログ
PDF 1.03MG
→ 「tanegashimapdf.pdf」をダウンロード
まず世界一美しい射場といわれる
素晴らしい自然と先端科学施設の融和を見てみよう
宇宙センター を北側から見た第一射点と大型組立棟
この写真は隠し見学場所から見た宇宙センターです
大型ロケット組立棟、
写真の左側の大扉が開いて H-2Aは台車に載った状態で射点に向かう
この大扉が一枚戸として世界一です
ロケットの丘展望所から見た第一射点と大型組立棟
ここから見た宇宙センターは美しいの一言である
H-2A 打上の第一射点
いよいよ H-2A 13号機が飛び立つ
追跡観測所から見た大型ロケット発射場
種子島打ち上げ見学場所、幕営地
加藤の見学気に入場所 → 恵美の湯旅館に至る小路の傍らの広場
平山地区 ちょうど射点から3Kmの地点です種子島、平山地区 ( 鹿児島県南種子島町 )
3号機打上げ当日の平山の風景 早くも陣取りが始まる 3号機上昇
かって、そして今も 種子島宇宙センターは 世界一美しい射場と言われている。
しかし 発射場を見渡せる竹崎展望台は報道関係者と一部の招待者のみに利用されている。
百聞は一見にしかず
打上時のあの緊張感と雄大さはやがて感動となり よき理解者となる。
だが一等地の見学場所は一般に開放されず 見学場所として宇宙ヶ丘公園と長谷展望公園が解放されている。
宇宙ヶ丘公園
ここから望む射場はあまりにも遠く ロケット発射台その物が見えない
打上の臨場感はまったく無い。
長谷展望公園
ここは広い広場で大人数収容できるが 位置的に真正面に大型組立棟が
あり射台は隠れてしまう打上の瞬間は見られず ロケットが組立棟より高く
上昇した時点からロケット上昇が見られる。
加藤の打ち上げ見学気に入り場所はここです
報道関係者と逆の位置から見るため報道写真とはミラーとなる
ここが隠し見学場所です
2007/08 撮影
波打ち際から打ち上げが見れるのはこの場所だけです
設備も整っている種子島で一番快適なキャンプ地
2007/08/16 浦田キャンプ場
朝食後 憩う N夫人、K夫人
場所 西之表港より車で約30分程度北へ走る
夏の打上げ時はこの快適なキャンプ場で幕営しよう
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種子島射場見聞記
鹿児島から種子島へ
さあ 鹿児島まで出掛けよう
鹿児島へ入る道は 2通りある
高速道路利用 九州自動車道を利用する
一般道利用 国道 10号線で都城市から薩摩隼人に下る
どちらを利用しても 丘の上から錦江湾に向かって一気に下ります 眼前に錦江湾に浮かぶ
桜島が迎えてくれる。
まず鹿児島に到着したら 鹿児島市の城山公園に登ろう
この小高い高台からは真正面に 錦江湾と桜島が これが鹿児島だぁ~と目に飛び込んできます
フェリー プリンセス わかさ から見た桜島
時間が許すならば是非、薩摩半島先端にそびえる開聞岳(薩摩富士)に登ってほしい
一生の思いとなること請け合います
大隈半島最南端 佐多岬灯台と薩摩半島の開聞岳 ( 924m )
鹿児島から種子島へ
フェリーの予約
鹿児島港から種子島へのフェリーは 新しく「コスモライン㈱ 」が運行する プリンセス " わかさ "
が便利です。
2007.04/01 ~ 08/31 夏季運行は 1往復です
鹿児島港 → 種子島 種子島 → 鹿児島港
08:40発 12:10着 14:00発 17:30着
プリンセス わかさ は車両搬送のみ予約が必要です 乗船渡航者は予約は必要ありません
コスモライン 予約センター 099-223-1011
プリンセス " わかさ " 新造船です
尚、 車両搬送のみは鹿児島から種子島へは共同フェリー運輸有限会社が運航しています
2005年 02月の運航時間は 新さつま丸 11:00 鹿児島出港 14:30 西之表入港
詳細は 上記ホームページへリンクしています 確認の上 予約してください
尚、電話番号が変更に成っています 鹿児島~種子島 予約センター 09922-4-0894
種子島~鹿児島 09972-3-2345
さあ フェリーに乗ろう
鹿児島は埠頭がたくさん有ります よく地図で確認して早めに到着しよう
新さつま丸は 鹿児島新港から出港です
鹿児島本港からは出港しません
ターミナルビル2Fにある種子島の案内所、
土産店で情報を聞くのも参考になります
フェリー プリンセス 「 わかさ 」は 本港から出港します
共同フェリーの車両搬送のみは鹿児島新港から出港します
出港一時間前迄に事務所で手続きをします
車両は共同フェリーの荷積みの関係からキーを
つけたままで引き渡します。
さあ 鹿児島出発だ
鹿児島新港を出港して錦江湾を南下します しばらく進み 桜島が遠ざかると右側に
開聞岳 (天候の良い日は遠くに見える程度) 左側に佐多岬 が見えてきます。
一路 東シナ海を南下 この間は単調な海原を航海する トビウオがフェリーの周りを飛ぶのが慰めくらい
プリンセス "わかさ " 船内に大型の写真が掛けてあります 船内がパネルに写っています
種子島 西之表港に着いたら 南種子島町まで約 50Km 一本道です 道に迷う事はないです
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H-2B 試験機 1号機 打上げ
JAXA ホームページ
H-2B 試験機 1号機 打上日決定
打上げ日 2009/09/11 02時 04分 打上げ予定
H-2B ロケット試験機
ロケット打上げ及び運用管制計画書 「htv_h2b.pdf」をダウンロード
2009/06/30発表の開発状況
JAXA ホームページ
2009/06/10発表の開発状況
三菱重工業㈱ 報告書 「h2bkaihatu_2.pdf」をダウンロード
2009年 09月 現在開発中の H-2B大型ロケット試験機1号機の打上げを目指して種子島では
各種試験が実施されている。
三菱重工業㈱ 報告書 「h2bkaihatu_1.pdf」をダウンロード
加藤のJAXA勝手応援団 ホームページに戻る
施設見学
内之浦宇宙空間観測所
施 設 見 学
内之浦宇宙空間観測所は鹿児島県内之浦町の小高い山腹に各施設が設置されている
一番高台にある20mφバラボラアンテナから海に面した M-Vロケット発射台のある台地まで広範囲
に広がっている敷地内は守衛所で受付を済ませば自由に見学できます。
ただし施設の建屋内には入れません守衛所の外側の橋を渡ってすぐに宇宙科学資料館が
あります 橋の袂が入口で展示品、説明文を理解しながら順次下の階へ移動します。
従って、出口は一番下の階になります
自然に囲まれた静かな土地です 打ち上げ見学の前後の日に是非立ち寄ってください
施設の詳細は(PDF文章) 「uchinoura.pdf」をダウンロード
で詳しく記載しています プリントして行こう
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打上げ見学場所
科学衛星打上げ固体ロケット打上げ見学場所
内之浦宇宙空間観測所に来て 種子島とまったく異なる雰囲気に おゃ。。。と思うことだろう
設備は古いし 小陣まりとしていて家族的である
打上げ当日は内之浦の町中が協力し交通整理から 見学地準備に忙しく立ち回る
ここは大隈半島の付け根にあたる静かな漁村である
1970年 2月 11日 日本初の人工衛星 「おおすみ 」の打ち上げに成功した。
日本は世界 4番目の衛星打ち上げ国となった
衛星は打ち上げの地名にちなみ " おおすみ " と名付けられた。
古くから町民との共生で科学が生かされてきた日本のよき里である。
この写真は2004年 11月 見学場所を訪れた時のもの
である 今は草ぼうぼうとなっているが打ち上げ当日は
手弁当で 学者さん町民により立派な見学場所となる
案内板と交通整理の警官の誘導により 交通渋滞を起
こすことなく 整然と打ち上げられる。
いつの間にか写真の中央の電柱に 照明と スピーカーが取り付けられ 刻々と状況が
放送される
九州は本州より夜明けが遅い9月 23日は 早朝の 6時打上げで辺りは暗いがこの見学
場所には明かりが用意される。
近くに簡易トイレも設置される筈である.......... 今までの例からすれば設置される.......
種子島と違い この内之浦は 学者先生方と町の人々との長い信頼関係で家族的な雰囲気
で育ってきている。
色々なところで暖かい雰囲気を感じる打上げ見学ですょ
追加 2006・09・23打ち上げのM-V 7号機この様に見えます。
この写真は M-V最後の姿です この先 4年間は内之浦から大型固体ロケットの打ち上げは
有りません
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鹿児島から大隈半島へ
さあ 世界最大の固体ロケット打ち上げの内之浦宇宙空間観測所へ出かけよう
内之浦へ入る道は 2通りある
東九州自動車道から鹿屋市経由で志布志湾側へ横断するルート
宮崎から日南海岸沿いに南下するルート
どちらの道を走っても肝属川河口の有明橋で合流します
ここからは国道448号を南下する
内之浦町は海岸に面した小さな町です
時間に余裕があればこのまま通り過ぎ大隈半島最南端の佐多岬へ行こう
大隈半島最南端の佐多岬と薩摩半島の開聞岳
佐多岬は本土最南端の岬です
天気が良ければ 薩摩富士と言われる開門岳が錦江湾越しにその美しい姿が望める
薩摩半島開聞岳
又、冬季の晴天には遥か南に 種子島が見えます。
プリンセス わかさ から見た 噴煙を上げる 「 桜島 」
日数には余裕をもって出掛けて下さい
M-Vは雨降りに弱いので 雨天の日は打上げ延期になります 打上げ延期になった場合
すぐ近くの鹿児島県鹿屋 ( kanoya ) 市に航空自衛隊鹿屋基地 航空博物館があります。
現在の鹿屋基地は 旧日本海軍鹿屋基地として神風海軍特別攻撃隊が出撃した基地です。
基地に建てられた航空博物館は この特攻隊で亡くなった英霊の遺品が展示されています。
また、当時の様子を物語る書物、絵画、写真等の展示があります
海軍特別攻撃隊として日本の平和と繁栄を願い自から志願し沖縄沖の紺碧の海に散った
若者達のために祈ろう。
そしてこれらの遺品を前にして涙せぬ者はいない。
雄大な大自然に浸って 日本の将来を考えよう
内之浦宇宙空間観測所から打ち上げる衛星は 科学衛星です
この為打ち上げ時間は昼間の時間帯とは限りません日本初の火星探査機 「 のぞみ 」 は
午前 03時 12分に打ち上りました。
2006年 09月 23日に打ち上げ予定のM-V 7号機は夜明けの 06:00 打上げです。
早朝には町を出発しよう。
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
うまい話には棘がある
肩代わりのうまい話には裏がある
米国 ルイジアナ州に上陸したハリケーン " カトリーナ" は米国の災害史上最悪の規模と報道されてい
る, すぐ隣のフロリダ州も少なからず被害を受けたと報道されている
いくらドライな国民の米国でも 何千人もの死者と壊滅状態の都市のすぐ隣から日本のため
に「 きぼう 」 をスペースシャトルで打ち上げてはくれまい
それでなくとも米国にとって宇宙ステーションは重荷の厄介者でしかない
この先米国は日本にうまい話的に肩代りさせようとするだろう
この話に乗れば必ず日本にとって重荷となり負担ばかりだろう
先を見越しおだやかに毅然と手を引こう
さあ
軟着陸に向かおう
面子を捨てて、国民のことを考えよう
米国はすでに宇宙ステーションは失敗作と世界に向けて認めている。
この先、どう頑張っても、「 きぼう 」というあなた任せのモジュールは果たすことは少くない
さぁ、 この事態はもう目の前に来ている 今ならまだ間に合う、
面子を捨てて、落とし所を模索する時期が来ているモジュール製作は将来に向けての高い勉強
代と考えよう H-2Bの開発は将来の有人飛行の輸送機開発で継続すればよい
国民に背を向け続ければ、 国民から手痛い攻撃を受けるだろう。
勇気を持って撤退という軟着陸を図ろう
今日までの宇宙ステーションは何だったろう
何人もの実験実施者が高価な代償を支払って米国のために尽くした
しかしこの経験の蓄積は一人も伝承されず一代で終わってゆく。
酷な言い方かもしれないがA実験者の技量は果たして誰が引継いだか
今、現在 米国任せの依存である スペースシャトルが引退はすぐ先だ
その後, 日本はどの様にして きぼうに輸送手段を持たずに乗り移ろうとするのか
日本独自の有人飛行がいつの日か実現した時、今の経験は何の役にも立たない
空白の無駄な期間がつづく
必読の薦め 日経ジャーナル 「希望を失った宇宙ステーション」
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
いつまでも人の褌で相撲をとるな
今、日本は 宇宙ステーション構想から撤退の絶好のチャンスを迎えた。
このチャンスを逃がすな
今日まで、ずるずると米国に " おんぶにだっこ
"ねぇ あなただけが頼りよ "と無意味な宇宙政策を続けた
この先スペースシャトルは飛行が凍結され 日本の実験棟 " きぼう " が打ち上がることは
ほんの僅かな きぼう でしかないこの先何年 きぼうをもって待ち続けるのか 3年か
5年か...............
その頃には経年劣化を起こし 宇宙では使い物にならないだろう造ってしまった
今は失敗と認めたくない
このままうやむやで時が過ぎ代が代われば................いつの世もそうだ
巨大プロジェクトは頭初の目的 ( 謳い文句 ) か゜変わっても走り続ける
工業用水が要るダムを造ろう → 景気の停滞で工業用水は要らない→ならば治水にしよう
治水だけでは予算が取り難い→ならば水力発電を付帯工事に含めようまず予算が認められ
走り始めれば後はしめたものだ
進めればよい 「徳山ダム」 そして50年掛けまだ完成しない
( 注 : 2006年末 試験湛水が発表された )
九州新幹線は鹿児島から熊本まで開業している山陽新幹線は西は博多まで開業している
まずこれだけやってしまえ後は幾ら掛かろうが 熊本から博多まで新幹線を建設するしかない
キレット ( 切戸 )
ナイフを立てたように左右が鋭く落ち込み
丁度、刀の刃の上を渡るに似ている
写真で手前側 屏風を立てその上を渡る
登山道が細く見える
山岳用語
加藤は山々を歩き続け3,000mクラスの頂の
九合目まで登りながら引き返したことは幾度
もある
信州に戸隠神社と戸隠山がある
さすが修行場で頂上が30m先に見えるが
今の体力ではこのキレットは乗り越えられない
涙を呑んで引き返した
これが引き返す勇気だ
まったく小さな例えだが大小 同じことが言える
今日までは色々米国との約束、協定、しがらみもあろう 日本から言い出せないだろうしかし
今が チャンスだ 米国側が凍結するのだ 米国がもう続けないというのだこんな好機を逃がす
手はない。
勇気を持って静かに引き返そう
宇宙開発を止めろと言うのではないもっと地に足の着いた段階を踏まえた開発を進める
べきだそれは H-2Aを確実なものにし その後有人飛行の技術を確立し 宇宙への輸送
手段を得てからでも宇宙遊泳なんかは遅くない
有人飛行はこの先 何年掛かるか解らない
この先 巨額の開発費が要るだろうしかし宇宙ステーションのような当ての無いものに
これから先も維持管理費を費やし続けるのは止めてこの巨費を実のある開発と実証に
有効に使おう 自国の輸送機で自国の飛行士を送る
これが本来の姿と思う
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
有人飛行に関して宇宙ステーション計画から速やかに撤退すべき
有人飛行に力を入れるべき
輸送手段を手に入れてから宇宙飛行士を充実すべき
日本が有人飛行を行わない本当の理由は責任逃れのためである。
やろうと思えば日本の現在の技術で10年先には宇宙へ日本人を送ることは出来るだろう。
確かに巨額の開発費が要るだろう、しかし経済大国世界2位の経済力を持っている日本に
出来ないことは無い。
何故
有人飛行に乗り出せないのか それは日本人の国民性から来ている万々が一にも打上げ
失敗し 1人でも飛行士が犠牲になれば恐らく全ての宇宙開発が頓挫し、日本は英国の様
に宇宙から撤退し、三等国に転落するだろう そして宇宙開発に関わった全ての技術者が
国民の非難の的になるだろう。
情けない国民性である。
今、日本に宇宙での実験実施者はいる 彼らは米国のスペースシャトルで宇宙に送られている
万一。
スペースシャトルの事故で日本人の実験実施者が犠牲になったとしてもそれは米国が悪いので
あって日本の関係者にはなんら責任は無いとの逃げの手が打てる。
これが本当の理由である。
こんな情けない貧弱な思想に早く見切りをつけ国民としてある程度のリスクは覚悟の国民に
なろう。
マスコミや国民はすぐに 責任を取れという。
加藤は責任は前進という実績で取れば良いと主張したい。
H-2A 6号機の打上げ失敗の時、 多くの技術者がその職から離れた。
そして特殊部門の職で在った為、多くの人が離職後苦労された事実がある。
そして何よりも日本の宇宙技術が 10年程世界から遅れてしまった。
これが国民が責任を取れと無責任に叫ぶ結果である。
関係者が責任を取るのは不祥事の出来事にたいしてであろう社会保険庁の出鱈目等
国民を欺く不祥事は当然 トップから末端まで 総責任で辞任すべきだこれは 新たな優秀な
人材がその事業を正常に立直せるからである。
しかし 一部の特殊部門で最善を尽くしても いくら模擬実験、テストを繰り返しても
最後はやって見なければ解らない 一種の賭けである部門は存在する。
その都度
関係者が責任を取っていたらやがて先端技術は成り立たなくなる。
この様な特殊部門は トップのみ責任を取れば良い。
テストパイロットという職業が有る ( 三菱重工業㈱には この部署がある)
試作機の飛行を行う特殊な職業である。
試作機で有る以上 未知の領域がある 万一何らかの不具合で飛行不能となり脱出して
試験機を太平洋に沈めたとしよう国民はこんな事態も公務員の不祥事と同じように関係者
は責任を取れと叫ぶ情けない国民性である。
「自分に甘く 他人が許せない日本国民が もっと視野を広くして " リスクを容認出来る国民 "
となる日は来るだろうか
今、問いたい。
何故、 スペースシャトルで打ち上げる 実験実施者の日本人は容認でき、
日本独自での有人飛行開発は反対なのか
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
5. 次世代への教育
子供たちの教育の前に左狂いの教師失格人間の再教育が必要 !!!
ガリレオは 「それでも地球は周っている」と叫んだ。
地球が太陽の周りを廻っている こんな基本はしっかり教えよう。
日本の教育は ここまで堕ちたか!
まず日本の教育界から 日の丸国旗と国歌を無視するような日教組を叩き潰そう
地球は丸い。。。。。。
しかし子供たちは地球を外から見たことが無いからわからないと言うだろう だが先生なら
地上からでも地球は丸いことが教えられるはず。
千葉県銚子市の犬吠埼灯台の手前に [ 地球が丸く見える丘 ] がある ここから水平線を
見ると水平線が湾曲している。
種子島から鹿児島の錦江湾へ帰るとき船上から右前方に開聞岳(薩摩富士が麓より上か
ら見えてくる。
以前、加藤はソ連邦のシベリヤ開発に参加した経験で モスクワとノボクズネック間はちょうど時差
が6時間ある ソ連国内便のアロエフロートジェット機が モスクワとノボクズネックを6時間で運行する。
ノボクズネックを朝の8時に出発するとモスクワに朝の8時に到着する
へ~え~と思う事だそれだけ赤道よりも遅い周速速度である。
遠心力は種子島より赤道のほうが大きいことが実感できる
モスクワを朝の 8時に出発すると ノボクズネックに夜の 8時に到着する ( 余談です )
加藤が滞在していたのは北緯 40度より北である 従って地球の自転速度は1,100Km/時位
である ノボクズネックを 8:00に出発し、この時速で飛べば何時まで経っても 地上は08:00の
上空を飛んでいる事になる 地球が四角ならどの緯度でも同じ速度で回転しているはず,
静止衛星が一点に静止している様に見えるのと同じ原理
赤道上空36,000Kmを 自転と*注 同じ速度で周っているため地上から見れば一点に静止
して見える
*注 Km/Hrは地表と同じでない
科学雑誌より無断転載です
火星探査機 のぞみの打上げは深夜の午前 03時12分 月も沈み満天の星空に向かって
打上げられた
上昇後の丸い炎が上昇後あたかも太平洋へ落下する様に下降して見え視界から消える
兵庫県明石市と淡路島淡路町とを結ぶ神戸淡路鳴門自動車道の明石海峡大橋は日本一
の大つり橋である
橋桁は2本の支柱に掛けられたロープによって支えられている
この支柱は地面に対して垂直に立てられている
この2本の支柱の基礎と基礎の間隔(距離) と塔頂と塔頂の間隔(距離)を実測すると僅か
ながら長さが異なる、どちらが長いかは解るでしょう。
何mm長いかは本四架橋公団の橋の科学館で説明してくれます
回答はこちら
基礎の間隔は 1,991m です 主塔の高さは 297m この間の間隔は 1,991.093m = 実に93mmも広がっています。
この事から日本の測量技術、精度が如何に優れているか理解できましたか。
太陽の周りを地球がまわっている 教えてあげてょ
反戦、平和ボケ、左狂いの日教組さん。
数年前の夏 種子島宇宙センターを訪れた時 旧:宇宙開発事業団の種子島宇宙センター次長
の園田さんに丘の上の指令棟を見ていくよう勧められ 割と小ぢんまりとした管制室をガラス
越しに見ていたとき 一緒に入った中学生らしき学生がサンチャゴ局、小笠原局との説明看板
に, これ何処にあるのと話しているのを聞いてガックリ来た事を今、思い出す
もう数年前から科学も地理も何にも知らない子供達ばかりになるのかと、、、、、、、
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
4. マスコミ関係への対策
マスコミ関係者の姿勢の問題
成功事例は一行も報道しないが、失敗はここぞとばかり書き立てる、日本初の火星探査機
「のぞみ」はほんとうに大失敗か
火星までの血の滲む様な努力、頑張り、そしてそこから得た貴重な技術の蓄積...............
一切認めない火星周回軌道投入断念..............
結果のみで 100点か 0点か マスコミ関係者のレベルUPを待つしかない。
成功は書いても販売促進にならない 失敗、事故は書き立てる程販売部数がのびる。
抗日を叫べば売れる。。。どこかのメデアと同じレベルからマスコミ関係は早く抜け出してほしい。
米国やアリアン社のように失敗は認めるが、直ちに立ち直り前進する,何時までも振り返るな!
何時までも立ち止るな。
マスコミはすぐに税金の無駄と言う
とまれ !! 技術、科学に要する費用はムダ では断じてない !!!!!
日本中、 こんなムダもある ( 地元の人には怒られるかな ? )
山口県の日本海に浮かぶ地図にも載らない小さな島がある 牛の角の様に細長い島のため
角島と呼ばれている
この島の西端に角島灯台がある この灯台のメンテナンスのために実に150億円の巨費を投じ
海上橋が完成した。
その上、東端の橋の袂から西端の灯台までハイウェー並みの道路もその後完成した。
いったい何人の人が利用するのだろうか
いつも比較される アクアラインは
「東京湾アクアラインは有料道路です維持費はまかなっています」
ここはまったくの無料道路(一般道) 道路維持費は誰が出すのだろうか。
僅かな島民の生活のため、 緊急時の治療のためと言いたいだろう
それなら他に方法があろう(ヘリコプター、高速船等)
過去何千年 船で島に渡っていた。
船が悪天候で出ない日は 橋の上は強風で通行止めになる、
ならば島内に診療所を設けるべきだ。
これらに比べ
JAXAはなんというおとなしいのか 1億数千万人の日本国民の生命と財産を守る仕事を
している。
もっと増額出来ないか 何故予算を増額し実験機 ( 改良の試験機 ) を打上げる位の前向
きの姿勢が取れるよう支援する大物政治家が日本には居ないのか悲しむべき事である。
角島灯台
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
平山地区に公的打上見学場所を設ける。
かって、そして今も 種子島宇宙センターは 世界一美しい射場と言われている。
しかし 発射場を見渡せる竹崎展望台は報道関係者と一部の招待者のみに利用されて
いる。
「 百聞は一見にしかず 」
打上時のあの緊張感と雄大さはやがて感動となり よき理解者となる。
だが一等地の見学場所は一般に開放されず 見学場所として宇宙ヶ丘公園と長谷展望公園
が解放されている。
宇宙ヶ丘公園
ここから望む発射場はあまりにも遠く ロケット発射台その物が見えない打上
の臨場感はまったく無い。
長谷展望公園
ここは広い広場で大人数収容できるが 位置的に真正面に大型組立棟が
あり発射台は隠れてしまう
打上の瞬間は見られず ロケットが組立棟より高く上昇した時点から打上の
上昇が見られる。
この事から諸外国のように 打上を見学できる広場を広田地区に整備すべきだ
問題は有ろう今の空き地 ( 南種子島町平山)
が公有地か私有地か確認しなかったが
現在は雑草の茂った空き地である借地等の
手は打てるはず。
JAXAの決断次第だ 内之浦発射場には
駐車場と木製のベンチを設けた見学広場が
ある (余談だが火星探査機 「 のぞみ 」
を打上げた時は 缶ビールの販売屋台まで
出た、( 学者さんの方がよっぽど考えが進ん
でる)
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
打上は公開を原則とする
6号機の打上は 結果的には二重の不幸が重なった打上であった。
政府発注の情報収集衛星を搭載 必要以上に秘密とし、一切公表しなかった。
一切国民に知らせず 「 打上げましたが失敗しました 」
それは無いでしょうJAXAさん.......!
6号機の打上失敗は二重に不幸であった。
政府の情報収集衛星を搭載していたため、国民に公開される事なく打上げられた。
2001年 8月 加藤は種子島で幕営生活を続けながらH-2A 試験機1号機の打上を待った。
打上を前に旧宇宙開発事業団も三菱重工業㈱ 石川島播磨重工業㈱を始めとするメーカー
各社の意気込みは 何が何でも打上を成功させるという気概に満ちていた。
そして島全体が一丸となって燃えていた。
打上を控えた数日前 ロケットの丘展望所で発射台を背に地元テレビ局のテレビカメラの録画リハー
サルの時の 渡辺 篤太郎プロジェクトマネジャー氏は旧宇宙開発事業団の白いユニホームに汗をかき
ながら緊張の中にも笑顔が見受けられた。
大丈夫 これは "いける" と確信して現場を離れたのを思い出す。
2002年 9月 試験機2号機の打上成功後の実用機という重要な打上を迎えたH-2A 3号機
の打上準備の状況は刻々とメディアを通じて国民に公開された。
2002年9月10日 17時20分 夕日に映えて紺碧の宇宙へ轟音と共に飛翔した3号機の姿は
今でも忘れられない。
H-2Aの打上はサイエンスチャンネルでライブ放映され逐一公開された。
小さな些細なトラブルも公表され 国民は一体となって打上成功を祈った。
だが 5号機、6号機は情報収集衛星搭載という理由で一切が非公開となった。
国民に "ないしょ"で打上 失敗しました"ごめんなさい"こんな事が許されるはずはない
さらなる不幸は 政府発注の情報収集衛星の打上にもかかわらず政府に システム成功に導く
だけの十分な予算の投入を決定する理解者が不在であった。
(誤解の無いように 衛星本体そのものはその目的から非公開で良い)
岡山県美星町に美星天文台がある スペースガードを目的とし毎日宇宙の塵を観測している
H-2A 1号機で打ち上げた軌道確認衛星はドイツで最初のレーダー観測に成功 つづいてこの
美星天文台で9月3日 望遠鏡での撮影 99枚の内の1枚に衛星撮影キャッチしている。
( 日本スペーガード協会発行 あすてろいど 36号 2001/10/20参照 )
人工衛星のごとき大きな物体の軌道など一目瞭然の状態である 当然あらゆる機関が追
っかけていてリストも出来ている。
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う
日本国民の国民性を逆手に取る。
日本国民は戦後、米国の占領政策、および日教組による誤った教育により まったく自主性
の無い事なかれ主義の国民となった。
夢も、挑戦も、プライドすら捨ててしまった "失敗を許さない国民性"などという奇麗事で表現さ
れる様なものでなく、 万一失敗したときの反応は次元の低い。。。。
「 あ~ぁ 駄目だ! 駄目だ!日本は駄目だ!! 」
「 ○○○億円が宇宙のゴミになった ]
「 これだけの税金で小学校が○校も建てられる 」等々
日本の将来禍根を残す評価と後ろ向きの無知な誹謗を激しくぶつける。
繰り返すが物事に失敗、不具合は必ず起こる
まして最先端技術の分野での失敗は避けられない しかし大多数の国民は当事者に
「何やってんだ」と激しく責め立て、批判と中傷を 繰り返す。
こんな国民性をJAXAはいやという程知り尽くしているはずだ
日本の宇宙開発は停滞し、 MHI、 IHI の現場は萎縮してしまい将来立ち上がれない状況だ
失敗の度に一からやり直しでは何時までたっても日本の宇宙開発は先に進めない
大胆な提案だがJAXAはもっと攻めに出るべきだ
今、気象観測衛星 "ひまわり" はいなくなり日本の気象観測は風前のとぼしび状態である
松浦晋也氏も述べているように万一大型台風の進路が観測できない状態になれば それは
国民に責任がある
JAXAは声を大にしてこのまま 「ひまわり」 の後継機が打上げられず台風等による災害が
発生、万が一にも死傷者が出た場合その責任は H-2A打上再開を批判ばかり繰り返す者
にある。
そして地球観測という国際貢献も出来ず、まして自国民の安全を守る情報収集衛星も打上
げなくて良いのか...........大々的に公共のメデアを利用して国民に必要なとき必要な衛星を
自前で打上げ出来る技術を保持することがいかに重要か問うべきだ。それでも 小学校を建
てるほうが大切だという人々はいるだろう、しかしJAXAは失敗に萎縮する事なく、声を小さく
する事なく 胸を張って堂々と再打ち上げにまい進すべきだ。
それが国民に傲慢と映るか 次への自信と映るかは 時に任せよう。
写真はJAXA提供
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張
ロケットや衛星は巨大なシステムであり、失敗のゼロはありえない。しかも打上げれば、手の届か
ない宇宙か深海に行ってしまう、失敗原因究明は困難だ。
いたずらに原因追求に時を費やすべきでない、6号機の打上げ失敗の原因は解明されて
いる。
一時も早く 日本の将来のために H-2Aの打上を再開すべきだ。
加藤の思い
日本の国民性を逆手に取り萎縮する事なく攻めに出よ。
打上は公開を原則とする。
6号機は情報収集衛星搭載で非公開が不幸であった。
種子島の広田地区に公的打上見学場を設ける。
マスコミ関係への対策。
次世代への教育。
日本は速やかに宇宙ステーション計画から撤退すべき。
以上 6項目について主張したい。
7号機 打上げ成功を報じる文部省の広報
H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
日本は宇宙開発を途切れる事なく続けなければならない。
2004年6月19日JAXAの報告書に日本が科学技術創造立国として宇宙へ挑戦する意義
を高らかに謳っている。
はじめに
宇宙に活動の領域を広げることは、人類にとって、大航海時代の冒険にも相当する広大
なフロンテアの開拓であり、新たな可能性への旅立ちである。
高度な技術と高い経済力、緻密な計画性と優れた知恵、勇気と大胆さを合わせ持つ国だ
けが、今日、その一歩を踏み出している。
高真空、微小重力、激しい温度変化や放射線など、宇宙特有の厳しい環境条件の下で展
開される宇宙開発プロジェクトは、常に成功と失敗が隣り会わせであり、人類にとって困難な
課題への挑戦である。
未知なる宇宙と、それに挑む研究者や技術者の姿は、多くの人々、とりわけ次世代を担う
若い世代に、夢と希望をもたらしてきた。
人類は、一世紀にわたる不屈の挑戦によって、宇宙を利用して、新しいビジネスを創出する
ことや、人々の日常生活を豊かにすることができる時代を迎えている。今世紀には、地球
の周辺から深宇宙へ向けて、さらに人類の挑戦は続き、新しい知と価値観、大きな恩恵を
もたらすことになるだろう。
割愛
我が国が、このような閉塞感を打ち破り、未来へ明るい希望を持って着実に歩を進め、精
神的にも物質的にも真の豊かさを実現していくためには、新たな活力の源泉が不可欠で
ある。
人々に夢と希望をもたらし、生活や産業への寄与に計り知れない可能性を有する宇宙へ
の挑戦は、科学技術創造立国の実現を目指す我が国にふさわしいものであり、新たな活
力の源泉の一つといえる。
割愛
宇宙への挑戦には、巨額の資金と多くの優れた人材が必要である。
欧米へのキャッチアップを終え、フロントランナーとしての一翼を担うまでになった今日我が国が現下
の厳しい財政事情等を勘案しつつ、宇宙への挑戦を継続するためには、これまでにも増し
て国民の信頼と支持を得ていかなければならない。
また、国の明確な意思、アカデミズムと産業界の知と技術力、努力と情熱のいずれをも欠くこ
とは出来ない。
世界で四番目に自力で人工衛星の打上げに成功した我が国が、その挑戦をスローダウンする
ことになれば、国としての自立性を損ない、開発途上国を含めた諸外国に遅れをとり、
宇宙産業を我が国の基幹産業とする好機を逃がし、人々の生活に真の豊かさをもたらす
手段を失うことにもつながりかねない。
JAXA報告書より抜粋
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H-2A 6号機打上げ失敗後を憂う。
加藤の主張のページ
2005年02月26日18時25分 H-2A 7号機は 種子島宇宙センターから打ち上げられました
いよいよ日本の宇宙開発が世界の最先端に立つべく 再開の徒につきました
この先国民として批判ではなく もっと予算の増額ができるよう応援しましょう
あなたも気象衛星 " ひまわり "の恩恵を受けていたのですよ !
二度とこの様な事態にならないことを祈りつつ 主張のページとして残しておきます。
はじめに H-2A 6号機打上げ 失敗後を憂う
2003年11月29日 13時33分、情報収集衛星2号機を搭載したH-ⅡAロケット6号機が種子島
宇宙センターから打上げられた しかし固体ロケットブースター 1本の分離に失敗した
衛星の軌道投入に必要な高度及び速度が不足し、13時43分53秒に指令破壊信号を送信し
ロケットは破壊され、太平洋に落下した。
6号機打上げ失敗後国内にはあたかも日本の技術すべてが失墜したような騒ぎとなり一部の
無理解者は
"○○○億円の税金の無駄遣いとか、
" これだけの税金で小学校が何校も建てられる等々
宇宙開発者に いわれなき 非難が集中し、 日本の宇宙開発は停滞してしまった。
このままで良いのか 一刻も早い打上げ再開を切に希望する。
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はやぶさの地球帰還が 1年を切りました。
2010/06/10 地球大気圏にカプセルが突入予定 ( 見込み )
関係者の突入時観測を 募集しています。
報道の切抜き
「haya_in.pdf」をダウンロード
「はやぶさ」は 2010/06/10 地球帰還を目指して孤独な旅の途上にある
三菱重工業株式会社より H-2Bロケット試験機の開発状況が報告されています。
H-2Bロケットの開発状況について
2009/01/21 H-2A 15号機の打上げが迫りました
準備も順調のようです
JAXA 三菱重工 発表の 準備状況が PDFで配布されています
http://www.jaxa.jp/press/2009/01/20090107_sac_ibuki_j.html
種子島への 見学行きは 加藤のJAXA勝手応援団を参照してください
はやぶさの歴史を振り返る
その ( 13 )
2006/02/12
はやぶさは 生き返った ! !
はやぶさの歴史を振り返る
その ( 10A )
はやぶさファンの皆さんへ
はやぶさの偉業に イオンエンジンの連続運転 があります。
このイオンエンジンの青白い神秘的な炎を自分の目で見たいと思いませんか。
加藤は 2003年 11月 08日 秋雨の降る寒い日 航空宇宙フェア 03 に
参加し、名古屋大学本山キャンパス理工学部の教室で真空実験装置の
中で 実験燃焼のボーと微かに灯る神秘的な光に感動を覚えた。
あれから 2年過ぎ 名大の工学部のボロボロの建屋もすっかり新しい
建物になりました。
今年の初夏に公開があるようです。 分り次第ここにのせます。
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加藤の様な ご隠居さんでないとなかなかこの様なイベントに都合が取れ
ないと思いますが、この時はX線天文衛星の集光部( 光で言えばレンズ部分 )
も公開され 貴重な時を過ごしました。
はやぶさの歴史を振り返る
その ( 2 )
2005/11/23 20:40
緊急報告 ! !
世界初 " はやぶさ " は
小惑星 " いとかわ "に着陸していた。
さぁ 11/25 再挑戦 ( 予定 ) には必ず サンプル採取に成功するぞ !!
星の王子さまに.........はやぶさと共に加藤のネームが宇宙を駆けて
2005/ 11/20 am05:50 小惑星 " いとかわ " に着地しました。
この先、永遠に「いとかわ」と共に宇宙を駆け続けます。 
日本の宇宙開発の 「 父 」 といわれる故人、 東大の糸川博士の名前の
小惑星 " いとかわ "と共にこの先、宇宙が消滅するまで 星の王子さまを
捜し求め会いに行く これ以上、壮大な ロマン はないだろう。
2005/11/20
「 はやぶさ 」は 小惑星 「 いとかわ 」にあと 1歩という処まで近づきました
が、残念ながら着地は出来なかった。
しかし 88万人の夢を載せた ターゲットマーカーは着地しました。
今回の第 一回目の着地、サンプル採取挑戦は日本の探査技術が世界の
トップクラスにある事を証明しました。
11/25 ( 予定 ) の第二回目のサンプル採取挑戦の成功を祈りましょう。
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がんばれ " はやぶさ "
世界で初めて 3億 2千万 km彼方の "星の王子さま" に着きました。
はやぶさの歴史を振り返る
その (16 )
2008/07/08
はやぶさの状況
→ ISAS 通信 ISAS マガジン第 199号
そのまま転載です。
はやぶさの歴史を振り返る
その ( 15 )
2007/07/21
現在 はやぶさ はイオンエンジンを 1基 運転をして 地球帰還の軌道を飛翔して
いるが 軌道が少しづつ外れていき 臼田のアンテナとの交信範囲から外れる
恐れがある。
この為、 はやぶさの位置と軌道を測定するため 07/22から 3日間
イオンエンジンを停止し、惰性飛行にして臼田のアンテナでドプラー効果による測定を行う
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 14 )
2006/12/05
はやぶさ 2 計画が危ない ! !
はやぶさが地球帰還の準備を始めました。
何としても帰還させたいとの思いでISASのスタッフの皆さんは奮戦中です。
ところで、、、
今、 はやぶさの現状が語られ、この成果を確たるモノにする為、そして
日本が小惑星探査の世界一の座を守るため 是非、 はやぶさ 2を
推進しなければならない。
しかし はやぶさ 2 の計画推進の予算 5億円の獲得が微妙になっており
このままだと絶ち消えとなり アメリカに はやぶさ の成果が盗み取られる
危機が来ている。
ジァーナリストの松浦さんの呼び掛け、そして ISASから 一般の人々へ応援
依頼のメッセージが発せられています。
皆さん はやぶさ 2の実現の為 応援しましょう
松浦さんのブログで 関係先へ お願いのメッセージを送ろうキャンペーンを展開
されている。
加藤も 関係総てに メールを発信したいが 戦中(生)まれの無学の老人は
文才が無く 幼稚な文章しか書けません。
応援は従って、 文筆に長けた皆さんにアッピールをしようと思います。
どうか皆さん 下記に関連ホームページをリンクします 今、すぐ 一人でも
多くの応援が必要です。
あらゆる機関へお願いしましょう。
はやぶさの近況
はやぶさの近況が 2006/04/18 発行で伝えられている。
このISAS広報メールマガジンから読み取る限り はやぶさは機体をなんとか
維持しながら航行している様子。
又、文面から 探査機全体の昇温を進めている様子です。
詳細は ISAS広報委員会発行の ISASメールマガジン 第 084号を 読んで下さい。
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 12 )
科学誌の紹介
月刊 天文ガイド 3月号 740円
小惑星 イトカワに挑んだ 「はやぶさ」の記録
~小惑星往復探査への挑戦 ~ JAXA/ISAS
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 11 )
JAXA 's 005 は 川口先生のインタブューを載せています。
PDF文書は A4サイズです
この JAXA'sは A4サイズで 下記 JAXA施設で配布されています。
上質紙を使用し写真は素晴らしいとしか言い様のない出来栄えです。
是非、保存版として入手をお薦めします。
はやぶさの歴史を振り返る
その ( 9 )
2001/01/10
はやぶさは「いとかわ」に着地、離脱した
サンプルの採取は出来なかった模様
ある一部の新聞社がこのサンプル採取が出来なかったことのみを、
さも はやぶさ探査機は大失敗と書きたてた
はやぶさの成果について松浦さんのブログ "松浦晋也の L/D " での
はやぶさ 論議は出尽くしたようだ。
松浦さんのブログで有り真面目に意見が交わされ 批判一辺倒ではなく
はやぶさミッションに対して一定の評価と理解を示されている多くの人たち
が居る事に安堵をしている一人です。
色々な意見がある それが民主主義の世界で大いに結構だが、
机上の頭だけでのいわれなき批判は排除しなければならない。
加藤は 戦時中に生まれ、 貧しい時代で工業高校しか出ていない
従って教育を受けていない無学な凡人である。
が、...機会を得て幸せなことに国家的プロジェクトに参加してきた。
地球の果て 酷寒のシベリヤでのシベリヤ開発、 まだ解放前の世界の釜風呂
といわれる中国の重慶、 そして酷暑のパプアで生命の危険さえ感じ
ガムシャラに働き、引退した現場マンの一人である
これだけは言わしてほしい ! 誰も失敗と非難、中傷を受ける位なら
やらない方が身の為だ と技術者、科学者が思ったら日本は沈没する。
あなた達はそれを期待しているのか !!
シベリヤ開発で
日本国内で設計、製作し組立て試験をし あまりの巨大さに分解して搬送し
現地で組立て試験をして稼動にはいってもトラブル続きで満足に動かない。
なにしろソ連政府の要求は 酷寒の マイナス60度で満足に動く仕様である
どんなに日本で考えても最後は現地で試行錯誤することになる。
マイナス 60度でも粘度を失わない潤滑油を造らなければならない 冬の
マイナス 60度(仕様書)から 夏の プラス40度までの温度変化に対する
シャフトと軸受けの金属の収縮、膨張率の違いの克服。
日本で熔接した箇所に次々と起こる クラック( 熔接箇所が割れていく) 等々
毎日トラブルとの格闘の連続である。
どのプロジェクトも 修羅場の連続であった しかしこれらを乗越えたのは、
浪花節になるが日本人の誇りと、精神力だった。
今は昔だが国内で "しんかい"の試験で三井造船の玉野造船所に滞在
していた時四月の暖かい瀬戸内海を一週間見つめていたが水面が光る
だけで海の中は覗けない。
ましてや "はやぶさ"は 3億キロの宇宙の彼方にいる、 誰も覗いた事の
ない深宇宙にいる。
トラブルの連続など当たり前だし 試行錯誤するのは未知の世界に臨めば
仕方ないことである。
今は 第一線から退き ご隠居さんになったから言えるが 今でも世界中で
活躍している日本人がいる彼らの支えは日本人という誇りで命懸けで
頑張っている。
なぜ 日本人は成功とか失敗とか言うのか なぜ日本人はこの様な目で
しか見ないのか。
ここまでは出来た。これは出来なかった。 と目線を変えてほしい。
すぐに "我々の税金、、、、、、" と言いたがる。 税金の無駄使いなど
日本国中わんさかとある。
ニュートリノを世界で最初にキャッチした スーパーカンデ神岡の施設 は 税金の
無駄使いか ?
この施設があったから ニュートリノが確認でき、ノーベル賞につながり世界に
日本の科学を立証できた。
はやぶさ が数々の世界初を立証したことにより 宇宙探査で日本が
世界に肩を並べるまで成長したことを立証した。
これは 21世紀館に展示してある 実物大のノーベル賞のメダルである。
上が小柴昌俊さん 下が田中耕一さんのメダルである。
スーパーカンデは実際建造しても 理論だけで作り上げた施設で ニュートリノが
キャッチ出来るかは未知数であった。
しかし多くの関係者の努力により このノーベル賞となった。
島津製作所に勤務の田中耕一さんも 失敗に失敗を重ね 幾度と挫折を
重ねての完成である。
こんな馬鹿話がある
昔の酒は白く濁っていた 何とか澄んだお酒が造りたいと努力したが、
一向に澄んではくれない。
ある夜、 頭に来て どぶろくの樽に灰をぶち込んで帰った。
翌朝、 この酒を捨てようとしたら 綺麗に澄んでいた。
嘘か真かは知らないが落語にある
この世の中試行錯誤の中からキラリと輝く結果が出る。
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 8 )
2006年 必ず はやぶさは復旧し
帰還への準備を始めるだろう。
はやぶさの情報はインターネット上で膨大な量として公開されている。
世界中の目耳を集め、国内より海外で圧倒的な評価を受け賞賛されている。
なぜならば、世界のどの国も出来なかった事を見事に はやぶさ は、やってのけた。
他国は、自分達の圧倒的な資金をもってしても出来なかった事を、
その何分の一かの乏しい資金で日本の はやぶさ が成し遂げた事に
素直に敵ながら天晴れと、拍手をしている。 ( 川口先生の言葉 )
ここにネットで流れている 素晴らしいアニメがある 作者不明のため無断でリンクした 。
画面をクリックして下さい。 次に startをクリックする
(作者不明のため無断でリンクした。 ごめんなさい )
これを見て 涙ぐむのは 加藤の様なご老体だけですかね。
特に セーブモードになつた 擬人画はまったく素晴らしい出来栄えですね。
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はやぶさの歴史を振り返る
その (7 )
はやぶさは我々に夢を与えてくれた
小柴先生の言葉
夢を大切に
小柴昌俊先生書
これはノーベル賞を受賞された小柴昌俊先生の直筆の書である。
岐阜県神岡町にスーパーカンデ神岡を建設し夢を追い続け、
世界で初のニュートリノの発見今も夢を追い続けておられる。
小柴昌俊先生は手が御不自由な中、神岡町の記念館に幾多の人々の
為にとこの言葉を贈られている。
高さ 2m程の寄せ書きはガラスのケースに収められている。
先生は 夢を追い続けよ 失敗を恐れるな
挑戦を続けよ、、、、と
うつくしい言葉と思う
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 6 )
非常に残念な事が発生した。
日本○○新聞社という 日本の大新聞社が日本の技術者を愚弄し
技術立国の日本を後進国に導こうとした。
まず こちらを読んでほしい。 松浦 晋也 のL/D
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd
加藤が恐れていたのは こういう 「ろくに調べもしないで知ったかぶりする」
自称の評論家紛いが出ることである。
一般の立場の人が "うんぬん" するのはまだしも ○○新聞社の編集委員
ともあろう者が日本の技術を冒涜し、技術立国でなければ成り立たない
日本の将来を否定した罪は重い。
加藤は常々、日本の国民性、マスコミの売らんかなの姿勢を苦々しく思い
加藤のホームページでも主張してきた。
そして この "はやぶさ "によってこれ程までに 情報が公開された
( ライブ中継等 )
マスコミも単純に 失敗と書き立てなくなった 事実を忠実に伝えようとの姿勢に
変化してきた事を喜ばしく思っている矢先の記事である。
勿論、失敗は失敗と書いて何も悪い事ではない しかし 今、現在
はやぶさは何が失敗したのか 膨大な資料を総て精読してからこの様な
立場に立つ人は意見を述べるべきだ。
ミネルバ ( ロボット )の放出に失敗した。。。。。 馬鹿言うな !!
的川先生が書いておられる あの状況において はやぶさ本体を守るか
ミネルバの放出を成功させるかの選択であった。
我々は はやぶさの生還を選択した。と......... 当然である。
それがどうだろう はやぶさ大失敗と書きたてた。
確かに ミネルバの投下には失敗した。 失敗と書いて悪い事ではない。
が、これが はやぶさの総てが失敗し日本の宇宙開発の大失敗..........
JAXAはうやむやにした。 となるか。
的川先生は、この経緯を詳しく公表しておられる 一切逃げてはいない!!
○○新聞社はこれを読んでもいないだろう。
はやぶさの快挙は今、世界中から賞賛されている。
日本の科学誌が特集を組んでいる
一般誌の 科学雑誌 ニュートンは 1月号と 2月号に はやぶさの特集を組んでいる
また続けて記事を連載するであろう。
今、関係機関で はやぶさからのデーターの解析が進められている
今、世界中が はやぶさのデーター入手に血眼で乗り出している
そして この先 続々と世界があっ !と驚く発見、論文が日本の科学者から
発表されるであろう。
そして この先、ほんの少しでも小惑星「いとかわ 」の塵が入っている
かも知れないカフルセルを帰還してほしいとの大合唱が必ず舞き起こるであろう。
はやぶさの実績は ○○新聞社の戯言に押しつぶされるような ヤワではない。
注) 文中に不適当な文言を表現しましたが、 これは○○新聞社が先に
我々の誇りを侮辱したから
我々は○○さんの人格など認めない。
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 5 )
はやぶさ ありがとう。
日本国民に夢の先、未来に挑戦する事の大切さ、その勇気の大きさを教えてくれた。
松浦さん、はやぶさの詳しい現況を世界に発信して頂き有難う御座いました。
このはやぶさによって日本国民は今後" 挑戦 "する事を誇りに思うだろう。
満身創痍の " はやぶさ " もう十分頑張った、活躍した。
しばらく時を得て 蘇り、 故郷の地球に向かって帰って来い。
きっと、川口先生をはじめ 運用スタッフが 帰りの道を切り開いてくれると
信じて今は救済モードを静かに見守ろう。
はやぶさ ありがとう
はやぶさは科学観測、工学実証以外に 日本の宇宙開発に国民の理解と
応援を味方にしたという金字塔を建てた。
これは 川口先生、的川先生、松浦さん、運用スタッフの勝利である。
加藤は常々、日本の国民性、マスコミの売らんかなの姿勢を苦々しく思い
このHPでも主張してきた。 こちら→ はじめに
しかし、「はやぶさ」は ほとんどの人々に未知へのチャレンジの必要性を理解
と勇気を持って事に当たる偉大さを知らしめた。
もう十分だ 帰って来い 待ってるゾ 2010年 06月を
それでは松浦 晋也氏の L/D から
今回、サンプルリターンを全世界で初めて試みた。宇宙開発は過去、マスコミの
監視の中、びくびくしながら、確実性の高いプロジェクトを実行してきた。
しかし宇宙開発には、リスクを取っても先に進むということも必要なのではないか。
高い塔を建ててそこへ登ってみれば新たな地平が見えるものだ。
その様な塔を自ら建てるという意識を鼓舞いしたという点では、 はやぶさ
には意味があると考えている。
現状 NASAもESAもサンプルリターンもおそらくプロポーザルを出せないだろう。
少なくともはやぶさレベルまでは成功させなくてはならないから。
だから はやぶさ 2 があるとすれば、これは日本にしか出来ないだろう。
是非ともやりたい。
打上げ以降、海外からサンプルリターン、イオンエンジンといったプロジェクト案件が
次々に出ている。
これは はやぶさ が触発したもの。
我々に共同実施の申し込みも来ている。これは、我々を巻き込まないと
怖くて出来ないからだ。
だが、私としては他国の計画に参加するのでなく、我々が主導して次の
計画を進めていってもいいのではないかと思う。
これは川口先生の記者会見の発言である。 今まで当事者からこのような
発言は語られなかった。
マスコミは 成功は数行だが 出来なかった事象には ここぞとばかりに失敗と
書き立ててきた。
宇宙開発は過去、マスコミの監視の中、びくびくしながら、 。。
これが本音だった。 ( 過去形 )
しかし これからは違う 川口先生の言葉のように修羅場、修羅場の連続を
乗越えた日本の技術者の皆さんは、未来へ、未知への挑戦がいかに大切
か身を持って噛締め、これからは挑戦を続けられることと信ずる。
的川先生、 松浦さん 有難う御座いました。
ライブのアクセスが 2,000万 ( 一瞬、桁が違うかと思う数字 ) これだけの国民
が手に汗を握り応援したのです。
マスコミも ASAHI 以外は好意的に捕らえ、プロジェクトを進めるよう考えている
ように見受けます。
大きく変わりました。
これは、的川先生、松浦さんの 包み隠さず報道し、一体感、臨場感の勝利
と思います。
的川先生、運用チームの皆さん、松浦さん
" 鉄は熱いうちに鍛て "
是非とも、" はやぶさ-Ⅱ " を、そして南米の地に " 臼田のアンテナ " を !!。。。。
計画の推進を期待します。
2005/12/16
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 4 )
緊急報告 はやぶさ世界初、小惑星にタッチダウン成功
2005/11/26 サンプル採取成功の瞬間の的川先生の Vサイン
( 写真は尊敬する松浦晋也のL-Dより勝手に流用です、すみません )
世界初の数々の快挙を成し遂げた "はやぶさ "は今、地球へ帰還を前に
姿勢制御の復旧に向け困難な試練を繰り返しています。
ここまで、幾多の困難を乗越えて来た " はやぶさ " ミッションスタッフを 信じて
復旧が成功し、「いとかわ」と故、糸川博士、 そして 88万人の署名
ターゲットマーカーに別れが来る日を待とう。
やったー ! ! 成功の瞬間の チームの笑顔 2005/11/26( YOMIURIより引用 です) 
はやぶさの姿勢制御が困難の記者会見 2005/11/29( YOMIURIより引用です )
的川先生、 川口先生も まだ希望を持っている..と....感じる姿とお見受けした。
今や、日本の宝、世界の財産の お二人です きっとこの困難を乗越えられると信じます。
緊急報告
2005/11/26 am 07:07 小惑星 " イトカワ " に着陸、サンプル採取に成功 !!
さぁ~故、糸川博士と 88万人の "夢を託した世界の人々"と別れを
告げ
生まれた日本に帰ろう !!
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はやぶさの歴史を振り返る
その ( 3 )
" はやぶさ " が 11/26 am07:00 頃 いよいよ
" いとかわ "へ舞い降ります。
2005/11/20 はやぶさは降下し、世界で初めて月、以外の天体に着陸、
離陸に成功しました。
いよいよ人類が始めて挑戦する 小惑星からの 「サンプル採取」に挑戦
します。
今は、"はやぶさ"の健闘を祈るのみです 11/25深夜からの中継と速報は
次の ホームページで公開しています。
はやぶさの歴史を振り返る
その ( 1 )
11/12 はやぶさの降下リハーサルも終了し いよいよ人類が始めて挑戦する
小惑星からのサンプル採取に挑戦します。
今は、"はやぶさ"の健闘を祈るのみです
11/19深夜からの中継と速報は次の ホームページで公開しています。
H-2A 7号機 打上げ見学記録 |
2005/03/08 14:00 ひまわり 6号機も静止軌道に投入された
これで見学速報を終了します02/27 17:00 鹿児島出発帰途に着く02/27 11:00 種子島 西之表港出港
15:00 鹿児島港到着02/26 19:00 感動と興奮の中 現地を出発 西之表港 20:30到着02/26 18:25
物凄い轟音と炎を上げ 7号機上昇( rsc/jaxa提供)
現地は物凄い迫力に歓声と拍手に包まれた !!!
02/26 13:00 本日の打ち上げ見学場所に車両駐車打ち上げを待つ
拡大して臨場感を ! (素人写真で申し訳ない)
![]()
波打ち際から見られるのはここだけです場所は加藤まで問い合わせ下さい
そっとお教えします
![]()
02/26 10:00 種子島新空港建設現場見学02/25 16:00 種子島宇宙センターに到着 宇宙科学技術館見学アパート風の宿がオープン
自炊できます1泊の素泊まりも出来ます
02/25 14:40 種子島 西之表港に入港02/25 10:00 新さつま丸に車両を積み込む02/25 08:30 鹿児島は薄雲がありますが晴れています日の出と共に登った城山
朝日が桜島から昇ります02/25 07:00 1,200km走り鹿児島に入りました
11:00出港の新さつま丸に乗ります02/22 16:20 打ち上げ日決定までこのページ 休みます02/22 16:10 明日( 02/23日) 一旦引き上げます02/22 15:00 種子島地方は低気圧の前線が通過する見込
みのため打ち上げ延期となりました02/21 21:30 西国は寒い天候の悪い 1日 24日は
前線が停滞する模様 大丈夫か~なぁ02/20 13:00 24日種子島の天気予報 雨天の模様
ちょっと 打ち上げが気になります02/19 22:10 明日はいよいよ 西国に向け出発します02/19 22:00 いよいよ打ち上げが近ずきました 今回はライブ
中継 再開です ケーブルテレビでも放映します02/19 22:00 広島県三次市の山奥に入りAir-Hが電波の届かない
地区で更新を休止していました02/13 10:00 西国に向け出発 打ち上げまであと 11日02/12 11:00 種子島現地では衛星の搭載作業が順調に進み
了とHPに出ている02/10 06:00 現地中継用ムービーの構想を練る02/09 21:30 種子島の宿の調査開始02/06 15:00 種子島 H-2A 7号機 極低温リハーサル良好に終了との報道02/06 05:00 下関より柳井に出発02/05 15:30 下関港 流石 このフェリーには "ふくちゃん" が描かれている
彦島~小倉間 海のバイパスとして市民に利用されている02/05 06:30 これより フェリーの予約先 等々 記載していきます02/05 06:00 いよいよ 7号機の打上げ予定日が決定し JAXAの速報
ページが立ち上がっています
日本全国を訪ねています、暫らくはホームページで更新しています
ホームページ 加藤の JAXA勝手応援団
ちょっと 一服は 「take.mpg」をダウンロード
2007/10/28
航空自衛隊 岐阜基地航空祭 2007を見てきました
詳細は 加藤のホームページ 加藤のJAXA勝手応援団 へ
航空自衛隊岐阜基地には飛行開発実験団が所属して
います 実験航空隊のパイロットによる異機種編隊飛行は
岐阜基地航空祭でしか撮影出来ないですょ。
異機種飛行編隊
ブルーインパルスによる飛行
すばらしい快晴でした。
新潟に移動中に 上越市にある 星のふるさと館に立ち寄り
新潟県最大の天体望遠鏡を見学しました。
→ 加藤のJAXA勝手応援団
これは 「 かぐや 」 が観測する 月ではありません 金星です
昼の開館時には 太陽、金星、 その他の星を デジカメで撮影出来ます
是非、 一度 足を運んで下さい。
岐阜メモリアルセンターで開催された 航空宇宙フェア 07 を観て来ました
三菱重工の H-2A コーナー
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